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かのや寿自動車学校・空港自動車学校のブログ

かのや寿自動車学校、空港自動車学校の共用ブログです。

寿北小学校PTA新聞「北斗の広場」に掲載されました。 

水口です。今日、寿北小学校のPTAの方がおいでになり、PTA新聞をいただきました。
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表紙ページの最下段に、記事が載っています。

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「寿北小に二宮金次郎の銅像があるのをご存知ですか?!」

〜二宮金次郎とは〜
江戸時代後期に、神奈川県小田原市の裕福な農家に生まれたが両親を早くに亡くし、叔父の家に預けられる。
そこでは「本を読む暇があれば働け」という生活環境であったため、銅像のようにまきを背負いながら勉強するようになったといわれています。その後、勤勉と倹約に努め、実家の再興を果たし、各地の農村復興に尽力したことなど、その能力が認められ、武士の位を与えられた人物といわれています。

〜どうして寿北小に銅像があるのか〜
答えは銅像の台座に記されていました。
「昭和58年3月 水口住則氏寄贈」

〜水口住則氏とはどのような方なのか〜
調べてみると、ご本人は既に他界されていましたが息子さんの水口住康氏にお話を伺うことができました。
水口住則氏は寿自動車学校の創設者で、この銅像は寿北小の開校の記念に寄贈してくださったそうです。
おそらく、金次郎の勤勉に取り組む姿勢が子どもたちの手本になればという思いがこめられているのではないでしょうか。
ちなみに寿小にも同じ時期に同じ銅像を贈られたそうです。
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上記の内容の記事を掲載していただきました。
補足しますと……

祖父は小学校3年時に体を壊してしまい、小学校へは2年半しか行けませんでした。小学校卒業後はすぐに大工に弟子入りし、その後、大阪へ働きに出ました。日中は大工仕事をし、夜は建築系の夜学に通ったそうです。学びたい気持ちは強かったようで、最初は近所の子どもから使わなくなった教科書を買って、それで自分で勉強したと言っていました。そのような幼少期から青春時代を送ったので、学ぶことの大切さを切実に感じていたのではないでしょうか。
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category: かのや寿自動車学校

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